琥珀の午後
空の色は1日のうちに何度も移りゆくけれど、私が特に好き色は晴れた日の昼下がりの青色が濃いオレンジに移る時のそれだ。ベランダの近くの床にごろんと転がってぼーっと空を見つめているとそれだけで満ち足りた気持ちになる。外の寒い外気には触れてない分たっぷり降り注ぐ日光がふんわりと眠気を引き連れてくる。
『 眠いん? 』
「 んーん 、」
ぼんやりしていると仕事の電話を終えた流星くんが寝転んだ私の傍らにしゃがんだ。穏やかな問いかけにゆっくりと首を振ると 嘘つけ と笑いながら私の髪をくしゃりと掻き混ぜた。
『 コンビニで甘いもん買ってきたけど食う? 』
「 ん…後にする 」
『 冷蔵庫入れとくで 』
「 ありがとう〜… 」
窓の方に寝返りを打って空を堪能しながら明日は早く起きてフレンチトーストでも食べよ、と考えていると身体を優しく体温が包み込む。
「 流星くん? 」
『 そんな眠そうな人見とったら俺も眠たなった 』
「 …寝ちゃダメ 」
『 なんでぇ 』
私のお腹にさりげなく回した腕をきゅっと強くしながら耳元で笑う流星くん。あぁそれダメだって。小さな反抗の意も込めて身体をよじってあっちに行ってと訴えかけるけれど無意味な行為に終わるばかり。
私の脚に流星くんの骨っぽい脚が絡んでくる。後ろから抱き締められているから顔は見えないけどたぶん私をからかう時の表情をしているに決まってる。
『 こっち見てやぁ 』
「 やだ 」
『 おい 』
私は今、幸せで堪らない。だからきっと顔もゆるゆるに緩んであられもないだらしない表情をしてるから流星くんの方は向けない。
『 ええから、こっち 』
「 ちょ、」
私が動かないのを見かねて身体を起こして心做しか覆いかぶさるようにして私の顔を見つめる流星くん。傾いた太陽のオレンジが端正な顔に影を作っていてこういう時は格好良いっていうより綺麗って言葉がよく似合う気がする。
「 … きれ 、」
『 ん?なに?』
「 りゅうせいくん 、きれい 」
近い距離の会話は囁き声になる。それはもう当たり前で、何度も経験したのに何度経験しても慣れないし堪らなくときめく。
『 … キス 、していい?』
「 だめ 」
『 えぇなんで 』
「 …ぜったいキスだけじゃ終わらない 」
長い睫毛が影を落とすその目元にそっと手を当ててからかう口調でそう言うと流星くんは歯を見せて笑った。よく分かっていらっしゃる、と私の頬を撫でて鼻の先と先をくっつけてきた。
『 だいすき 』
「 ね、..だめだって 」
『 聞こえん 』
そのまま触れようとする唇を小さな声で咎める。でも私は知ってる。こうなれば、もう彼から逃げられるはずがないってことを。それは決して彼の力量だとか技量だとか、そんなことじゃなくて。
「 とぼけないでよ …、っん 」
__ 私がとことん彼に弱い、それだけの理由で。
全く私の言葉に耳を傾けずに私の唇を塞いだ彼はちろっと舌の先で唇を舐めて満足げに笑った。
毎回思うんだ。なんでこの人はこんなにも私を乗せるのがうまいのかって。黒曜石のような瞳にじっと見つめられて心の奥まで射抜かれてしまうと身体が熱くなって熱くなって、どうにか彼に鎮めて欲しいと切に願うんだ。
空ではオレンジ色がだんだん濃くなってきた。共に引き連れてきた冬の寒さに顔しかめて流星くんのシャツの裾をつまむ。
「 …… 寒い 」
『 はいはい 』
呆れたふうに笑った流星くんは私をしっかり抱き上げると迷いもなく寝室へと直行した。このまま夜中まで腕を離してくれることは無いだろう。でもいいもん。流星くんの口車に乗せられて抱き合うのももう慣れたから。
「 ばか 」
『 どっちが? 』
「 … どっちもだよね 」
『 やな 』
覆いかぶさってきた流星くんの影が顔にかかったのを最後に、滞らず流れる時間を琥珀の午後で固めて止めた。